fuyos blog
「今、思うこと」
「今日、感じたこと」
「最近、考えてること」
自分の言葉で書いてみる。

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2008.08.07 Thursday - -
幸せのちから コレクターズ・エディション

評価:
---
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
¥ 2,500
(2007-07-25)
あらすじ

全財産21ドルから億万長者へーー。そんな夢のような人生を本当に実現させた男がいた。
1980年代、サンフランシスコ。妻と5歳の息子と3人で暮らしていたセールスマンのクリス・ガードナーは家賃も払えず、どん底の生活を送っていた。ついには、妻が出て行き、家を追い出され、預金も底をついてしまう。そんなクリスは最後に選んだ道は、自分の才能を信じて一流証券会社へ入社することだった…。


2008.08.07 Thursday 00:24 DVD comments(10)
es[エス]- 被験者求む

あらすじ

新聞広告で集められた被験者を「看守役」と「囚人役」に分け、模擬刑務所で生活をさせる…。アメリカの大学で実際に行われた実験を題材に描く、スリリングなドイツ映画。

es_dvd

超怖かった。
あおらなかったら死ぬ人いなかったのかなぁとか いろいろ もやもや。

私は昔から密室というのが怖い、絶対船乗りとか絶対できないと思う。
あと船とか隔離されてなくても閉鎖された世界や空間、
そこでは どんな残酷なことからも逃げれないと思うと
ほんと怖い。
という意味で めっさ怖かった。

2008.08.06 Wednesday 15:19 DVD comments(0)
小学校

小学校で、障害児に理解がある支援学級を選びたい気持ちは、
「長男の面倒なことを、丸投げしたい心理ではないか?」
とふと思って考えたら、
「どこ行っても母親の私がしっかりせな意味無いな」
という結論に行き着き、
「どこでもいい、そこで楽しむ方法を状況に応じて考えよう」
と腰をすえて覚悟してみたら、本来希望していた支援学級にあっさり決まりました。
「普通級になるでしょう、支援学級は難しいと思われます」
って聞いてたので、拍子抜けしちゃった。

というのも、専門の先生たちのいる場でも長男はバリバリで、
先生たちがテストしたこと全て、軽くクリアしたのです。

文字の読み書き、
数字の認識、数えること、
絵を書く力、
運動能力、
バランス感覚、
これらは簡単にクリア。

そして会話もある程度できている
自分の思うことを伝えることが困難。
(会話では知識的な会話が多いです)
相手の都合を認識することも困難。
でも、それは目立たない、短時間では支障を感じにくい。

だから、専門の先生方の会議も、かなりこじれてこじれて、話し合いも長引いたけど…

学校生活の初めは慣れないことの連続、
慣れないことを伝えれなくてつまずいたら、
後々の学校生活に影響を与える可能性がある、
最初の指導は支援級で様子をみつつ、
普通学級とも交流をはかりながら、
普通学級へいけるようにしましょう。

ということになったそう。

良かった良かった。本当にありがたい。
もう、本当にこれ以上ない決定だと思います。

でも、どこに行くとしても私のすることは同じ。
自分でできることは徹底して自分で。
私はきちんと子供の様子を見守る。
何かあったら一緒に考える。
そんだけ。

今幼稚園が好きで、うんと楽しんでいるように、
小学校も 楽しんでくれたらいいな。

さてランドセル、そろそろ決めないとね。

2006.12.14 Thursday 19:50 自閉症 comments(0)
表現できないと言うこと

表現できないということ、
自分の思うことだけでなく状況を説明できないということ、
そういう子が 意地悪に直面した場合・・

前回 書きそびれたので・・

私も、それから門医や先生達が心配していたこと、
「意地悪に直面したとき、爆発した怒りが乱暴になること」だ。

「嫌だ」と言えない、表現できない、
でも嫌なもんは嫌だ。
それらを上手にかわせない。
この連続。

それが突如爆発したときにでる暴力。

専門医達から見て長男は、一番心配なレベルだった。
ある程度、状況を把握できる、しかし表現の力が弱い、
そして、状況を交わす方法を知るのが困難。
(無視することができなかったりすること)
結果、思わぬ暴力がでることがある。

コレがあった場合 すぐ診断書を書きますから、
長男に一人先生をつけてもらうよう申請してください。

と小児科医と専門医がアドバイスしていてくれた。
こういう子の場合、一度の暴力がもたらすこと、
クラス内の影響は小さくないのだ。

でも、そんなに心配しなくていい状態になってきた気がした。

成長だと思う。
「やり返してはいけない」も だいぶ身についているようす。
弟ができたことで家の中で徹底できたことが良かったと思う。

私が思うより優しい子に育っている気がする。
親バカだけど。
ってか私に似て気が小さいだけなんだけど。
ともかく 良かった。

表現の力は、練習をしていこう。
質問の嵐は続けようと思う。

それから、意地悪をされたとかいう悲しい報告でも、
決して悲しい顔しないで 余裕をもって話を聞く。
そして大丈夫よ。と言う。
適切な対応は最低限にする。
子供のけんかに必要以上、立ち入ってはいけない。

必要以上に悲しい顔したり動揺したりしたら、
将来何かあったときに「ママを悲しませるから」と
言わなくなる可能性があるのかな、と思った。
ママは大丈夫。って感じが安心できる感じが重要なのかも。

きちんと聞く。
でも同情しない。
が一番いい方法なのかなー、と。

そんなことを、イジメのニュースや息子の周りの出来事を見つめながら、ちょっと考えた。

2006.11.24 Friday 16:30 - comments(0)
からかい

それは些細な「からかい」なんだと思う。
長男は、それほど萎縮していない。
たぶん大丈夫。

幼稚園のクラスで、長男に「キモイ」と言った子は
相変わらず息子に汚い言葉を言ってるらしい。
長男のことを「バカトラ」と呼ぶ。

息子レベルの障害だと何でもできちゃう分、
理解が得られなくて、変なヤツレベルになってしまう。
ちょっと挙動不審なやつみたいな。
そこで何かを言われる可能性は かなりあるだろう。
とっくに覚悟していた。

「トラはバカじゃないから、気にしなくていいよ」
「ちゃんと誰がトラに そう言ったか先生やママに言ってね」
と言った。

無駄に反発して収まる子じゃない気がする。
「キモイ」「ウザイ」とか言って反応を楽しんでいるのかもしれない。
先生が見ているときと見てないときを分けている。
わざわざ先生が居ない時を見計らって言っている。

そういう時期ってあるよな。とも思うし、
汚い言葉は兄弟がいると覚えちゃうだろうな、とも思うし、
私自身苦手な子って居たしなぁ、とも思っている。
ともかく、よその家のことに とやかく言うつもりはない。

そして、先生や幼稚園の対応が悪いとは思わない。
それなりに対応をしてくれているので じゅうぶんだ。
どんなに先生が頑張っても一日数時間しか居ない、
その子の根本的性格に、それほど影響を与えるとは思えない。
つまり先生が何か言ったからって、その子がそれほど変わるとは思えない。と言うことだ。

武田鉄也が、
「いじめる子に説教しても何もかわらない、
いじめられる側が変わらないと」
みたいな発言をしたらしい。
(かなり曖昧だけど)

認めたくないけど、一理あると思う。

この認めたくない心理は、いじめられた方が変わらないといけない、というのが負けを認めた気分になるからだよな。
克服する、という風に思えばいいかな。

ともかく、「どう受け止めるか、どうかわすか」が全てだ。
たぶん。
そこから いじめ関係になるかどうかが決まる。
一度 そうなってしまうと やっかいだ。
最初が肝心。

いじめられない体質を、
そういう子をかわす術を、
身に着けていってくれたらなぁと思う。

そうそう、うちの子らがいじめられたら格闘技を本格的にやらせよう。と思っている。
やり返せという意味ではなくて、「何か」があるということが精神的な強さに繋がると思う。
絶対効果あると思うんだよなぁ。

まぁ ともかく 年長ともなるといろいろあるようす、
傷つくのも人の痛みを知るいい機会なんでいいんでないのと思う。
そういう場面でしか教えれないこともあるし。

こういうときに、ちゃんと学んで、
「人が言ったから自分も言う」
ではなくて、
「自分が言われて嫌だったから自分は言わない」
と思う子に育って欲しいなぁと思う。

私は私で、子どもたちが
「でも自分にはママがいるから。ママは絶対自分の見方だから。」
と思えるママになりたいと思う。

どんなに小さくても人間関係ってあるんだね。
生きていくって大変だ。

2006.11.17 Friday 16:33 - comments(0)
何でも言っていいという信頼関係

どこかで見かけた文章で、うろ覚えなんだけど、
「子供との間に困ったときは何でも言っていいんだよ、
という信頼関係を作っておくことが大事」
というのがあって、難しいけれど間違いではないな、と思った。

いじめられたとき、傷ついたとき、しんどいとき、・・
子供は、なかなか言い出せない。
けれど その信頼関係があると随分違うと書いてあった。

言うことに不安がある場合はいいだろうけど、
親に心配かけたくなくて言わない場合はどうなんだろう?
とも思ったけど。

今日、長男に色んな質問をしてわかったことがある。
「キモイ」といわれていた、という事実。
私は覚悟していたのでショックはなかった。
女の子のものを持つ男の子、言われないはずないよな。
・キモイと言ったのは男の子一人、ほかの子は言って無い。
・毎日言われて、悲しかった。
ということがわかった。

・言ってくれて良かったこと、
・ママもパパも トラの事をキモイと思ったことはないこと、
・これからも何でも話して欲しいこと、
を丁寧に伝えた。
些細なことだけど、この些細なことの連続が大きな結果に繋がると信じている。

私は今、息子たちにたくさんの質問をする。
質問をしてわかった事実から、こう言えばいいよ、と言う。
伝え方がわかってくれたらいいな、と思う。

抱え込まないで欲しい。
自殺のニュースを見ながら切実に思った。
いつだって全力で力になりたい、と思っている。

私は難聴障害があるせいで、上手に話せなかった。
だから、よくからかわれていて辛かった。
そんな時、ちゃんと両親が聞いてくれてたら、と今でも思う。

伝えることができない。
悲しいことだと思う。

人は愚痴っただけで 随分スッキリするし、
気持ちも整理できたりする、
相手が分かってくれたら なお嬉しい、
それが困難なのだから。

トラがいえない何かを抱え込んだときは、大好きだよ、と伝えてきた。
これからも そうありたいと思う。

トラが ピンクが好きなら好きなままでいいんだよ、
そういうトラもママは大好きだよ。
でも言われるのが辛かったら新しいのを買おう。

そう言ったら、やっぱり買うことで話はまとまった。

最後に ぽつんと

本当はね、人の持ち物にキモイなんて言う方が恥ずかしいことなんだよ、トラの大切なモノなのにね。

と言ったけれど、それは難しかったようだ。


相手の男の子を責める気持ちはなくて、いくらだってこういうことは あるだろうな、と思ってる。
そういう時は、親がどうするかの方が大切だ、とすら思う。

でも事実もわかったし男の子の名前もわかったので、一応先生にも報告しておこうと思う。

2006.10.15 Sunday 16:39 - comments(0)
恥かしいという気持ち

先日 給食参観の日、ほかの子はそれぞれにナプキンをひいて指定のコップ、それぞれの好きなキャラクターのお箸だったのに、長男だけがペラペラのちり紙に渋い湯のみ、そして渋い箸でした。長男はランチグッズを忘れていたのです。

あれ、今日は参観日だから しっかり用意したのにな…
自分で入れるように言ったから入れ忘れたかな…
こんな日に限って!

と思ったけれど、おうちに帰ってもない。どこ探してもない。
なので、先生に幼稚園で探してもらったら幼稚園の教室のありえないところで、みつかったそうです。
それから ずっと考えました。

イジメ?悪戯?本人がやった?

で、ふと思い出したのです。
先日ジャスコで、けん玉入れの袋を買おうとして、
いつも選びそうなのを選んで見せてたら
「トラは男だから、男のがいい」
と言ったことを。

もしかして、もしかして。

大好きなピンクやウサハナの女の子グッズで統一してたのが、ちょっと恥ずかしくなったのかな?
参観日だから、なおさら恥ずかしくなって隠したのかな?

本人に聞いて見たら、首をかしげながら随分考えた後に
「うん、そう」
と小さい声で曖昧に答えた。
わからないときの答え方でもあるから確信はもてない。
そう考えると ここ数日でしっくりくることがいくつか。

たぶん間違いないと思う。

でも、家では相変わらずキティのアクセサリーグッズで遊んでいるし、好みの変化というより、恥ずかしいという気持ちとか、自分だけ違う、というのを考える力がついたのではないかと思われる。

私は、これが とても嬉しかった。大きな成長だ。

女の子のモノを持つ息子が恥ずかしかったわけじゃない、
それが好きなら、それでいいやと思っていた。
だから揃えたしね。
嬉しそうな顔が私も嬉しかったし。
変なこと言われたりしないかが少しだけ心配だった。

気にしないで好きなものを持っていいんだよ、とも思う。
けれども、人がどう思うかとか考えれるようになった、
それは教えて簡単にできることじゃない、
特に自閉傾向がある人には難しいことだ。
その成長を素直に喜ぼうと思う。
ゆっくりでも成長していることがたまらなく嬉しい。

やっぱりこの子達は神様からの贈り物だと思える。

私とオットは、長男と話したあとに、
よし じゃ週末は新しいのを買いに行こうか、
と約束した。
長男は嬉しそうに うん。と言った。

でも、ああ、こうやって汲んでやらないと自分からは何も言えないんだな、とも思った。
自閉症だから。とは思ってない。
表現の苦手な子はいくらでもいる。特に男の子は多いかもね。
表現する力、伝える力を伸ばしてあげないとな。と思った。

2006.10.14 Saturday 16:36 - comments(0)
見えない障害

先日、小児科医と「見えない障害」について語り合った。

宮下家がお世話になっている小児科医は私と語り合うのが好きなようで「最後に予約してくれると ゆっくり話せる」とまで言ってくれてる。

それは、私の母親としての意見を聞き、小児科医として勉強したいからだと言うし、その真面目さがとても好きなので、私も率直に色々な意見を言う。

で、長男の小学校について心配してくれているので、自分の考えを言った。

「あー、確かに見えない障害になってきたよね」

という答え。
そう「見えない障害」。
私が一番心配していることだ。

障害に見えないと、できると思われる。
実は言葉の理解力も伝える力も低いのに、できると思われているから、サポートを得にくい。
自分で何とかしないといけない。

しんどいんだよ、これって。

どうしてこれが分かるか、
実は その小児科医も、そういう傾向があって苦労したこと、
そして私も難聴障害があって大変だったことが関係している。

専門家は 私の障害者手帳の数値を見て驚いた。
これでサポートなしで 普通にずっといたんだ?と。

必死で口元を見て話を聞いていた、
聞くことに集中するとノートがとれない、
顔が見えないと 言ってることに自信がもてない。
聞き取れなかったのに、皆は聞こえている、私の能力が低いから?
常に葛藤だった。


以前 中学校の先生をしていた友人が言った、
「目立たない子ほど、気をかけないと、って気をつけたよ」
って。
目立つ子は主張できる子、でも目立たない子は主張するのが不器用で溜め込んでいる場合があるから。と。

そう、そんな感じ。
やっぱりここでも障害があるなしじゃなくて、それぞれなんだよね。

難しいことを難しい。
しんどいことをしんどい。
わからないことをわからない。
そう伝えることが出来ないことが心配なのだ。
能力があっても 恥ずかしいと思って言えなかったり。

全然、キミは悪くない、一緒に考えよう、
というスタンスでいたい。

そういうことを考えて、まずは専門家のいる小学校を希望したのだ。

大人になって糧になる、でも、押さえつけすぎたらストレスになるしトラウマになる、
子供を育てるというのは、本当に難しなぁと先生と話しながら、しみじみ思った。


2006.10.11 Wednesday 16:41 - comments(0)
あー あたま痛い

あー、頭イタイ。

昨日は、痛すぎて辛かったので、泣きながらオットに「へるぷみー」とメールして早退してもらいました。

で、ここからはオットが帰るまでの お話。

頭痛すぎて眠れないし、起き上がるのさえ辛いのに、
次男が「おなかすいた」と号泣、その声がまた辛い(涙)。

なので、長男に、こっそりおつかいをお願いしました。
実は はじめてのおつかいで、心配だったんだけどね。
「コメポンと揚げセンと牛乳 を 買ってきて」
と1000円を渡す、頭痛すぎて、それ以上しゃべれない…。
でも長男は えらかった、ちゃんと買ってきたよ!

で、長男がお菓子を配ったので静かになるかと思ったら…

次男が、勝手に出かけていった。
え?と思ったら続いて、長男も勝手にお出かけ。

というわけで、頭痛いのをこらえて、長女を抱っこで、息子らを探しに出かける。

そしたらマンションの入り口で次男発見。
長男の真似をして、一人で駅に行こうと思ったけど怖くなって帰って来た、でも オートロックのやり方がわからなくて入れなかった。

………(´д`;)  

しかし、長男は行方不明なまま。
子供2人連れて動けないから、一旦戻って、オットの帰りを待つことに。

そしたら 間もなくして 長男が泣きながら帰宅。
「ショーゴが居なくなっちゃった、みつからない」
と。

あ、そうか、探しに行ってくれたんだ。

というわけで、うんと褒めた後に、
「居なくなったって 教えてくれればよかったんだよ」
と教えたら、「でも、ママ頭痛いから」って。

あ、そっかー、長男は長男なりに考えたんだ。

うんと褒めてハグしたあとに、いろいろ教えました。
嬉しかったけど、こうしたら もっと良かった。と。

私は、お兄ちゃんだから、というのは子供に負担になるだろうな、と思って、言わないようにしていました。

ただ下の子のほうが小さいから待ってね。とかは言うけど、面倒を見てね、というのはなくて、それぞれが自分のことは自分で、という感じでいます。

だから、今回 お兄ちゃんとしての長男の行動に とてもびっくりしました、私が期待しなくても この子は ちゃんとお兄ちゃんとして頑張っているんだな。と。

確かに嬉しいけど、もう勘弁してよ。
と思っているところで オット帰宅。
全てをお願いして寝込みました。
オットは えらいよ。何も言わなくても全て出来るから。

私が ついうっかり忘れちゃう、子供たちのお弁当箱もちゃんとカバンから出して洗ってありました。

家族って ありがたい。

さて、今日は ちゃんと休んで寝込むことがないようにしないとな。
ということで 再び、おやすみなさい。

2006.10.04 Wednesday 16:44 - comments(0)
気が小さい私

私は、気が小さくて、自分に対してじゃなくても 乱暴な言葉を使っている人を見るとドキドキして嫌な汗をかきます。
だから細木数子は見れません。

江原啓之さんも実はかなり気が小さい方なようで、彼女の番組を見ると公開イジメのような気がして辛いと言っています。
彼は、テレビでも何でも霊視したことを言うときかなり気を使って言葉を選びます、霊視よりもそれで疲れてることがあるくらい気を使っています。

よく乱暴な言い方をする女性が、細木数子のことを結構好きで見てて、「別に?普通じゃない?」と言ってて、当たり前のことに気づいたのです。

自分が何とも無いから乱暴な言い方はやめないんだ。と。

でも彼女は、私がそういう言葉に弱いことを知っててもやめないのです、彼女の言い分はそれが本音だから。

で、私の気を使って言う言葉や書く言葉は 本音じゃないから信用できない、というのです。本音を言え。と。

私は、気を使っても何でも嘘を言うつもりはないし書いたつもりはなくて、それが私の言葉だったのに、どれが本音かわかんねぇ。と。

本音って何だろう?とそれから思うのです。

傷つけても本当のことを言い合うのが友達?
傷つけたくないと思うのは友達ではない?

でも私の中の結論は、親しい人でも親しくない人でも、傷つけたくないという気持ちも私の本音だから、それを無理して言うことは私の中の神様に反することだから しなくてよい。
でした。

違うなと思ったときほど言葉を選びます。
やっぱりね。

誰だって、心は聖域であって、土足で踏み込まれたくないはず、私は それを大切にしあってこそ友達ではないか、と思った。

2006.10.01 Sunday 16:46 - comments(0)